2008年1月31日木曜日

30 Jan.2008

作品の撮影を終える。
やはり写真家の存在は大きい。

プラトン「ゴルギアス」を読み終える。

2008年1月28日月曜日

27 Jan.2008









コラージュ作品「News week series / 28 Jan.2008」制作

ヒルサイドフォーラム「ハインツ テーザー建築展」を観る。
建築展とはいえどもやはり全力を注いでいる展覧会は観る価値がある。あまり予備知識がなかったため非常に刺激的だった。

世界は広く、建築は未だ生きている。

2008年1月23日水曜日

22 Jan.2008

プラトン「プロタゴラス」を読み終える。

21 Jan.2008














現在開催中の個展「想起 〜アドルフ・ロースへの手紙〜」の準備風景。

21日のオープニングには少人数ながらも建築家、彫刻家、オペラ歌手、詩人、母…と多種の人々が集まってくれた。

以下にテキストを掲載します。



我々が森の中を歩いていて、シャベルでもって長さ6フィート、幅3フィート程の大きさのピラミッドの形に土が盛られたものに出会ったとする。我々はそれを見て襟を正す気持ちに襲われる。そして、それは我々の心の中に語りかけてくる。「ここに誰か人が葬られている」と。これが建築なのだ。
                    アドルフ・ロース「建築について」(1908)

墓標のない墓は
その場所に“誰か”が眠っていることは語っても
“誰が”眠っているかは語らない。

何かを語ってはいるが、具体性を欠いている。
つまりその墓は、何らかの余白を宿している。

芸術と呼ばれる全てのものは
この“余白”を内包するために
存在しているのではないだろうか。

鑑賞者は
作品の創り出すその空虚な余白に
過去の記憶や体験を援用しながら
身体そのものを滑り込ませ
自身の物語を完成させ
新たな記憶の引き出しにしまう。

もはやそこには作家は存在せず
鑑賞者の紡ぎ出す物語だけが残るだろう。

その過程における想起とは
“語らない余白”を語るための、そして
“見えないもの”を見ようとするための
小さな契機にすぎない。

2008年1月21日月曜日

20 Jan.2008









コラージュ作品「News week series / 21 Jan.2008」制作

2008年1月16日水曜日

14 Jan.2008

名付け親のTH氏が、1/21(土)から開催する個展を推薦するメールを書いてくれた。
短いながらも今の自分が文字になり、なにやら味わったことのない感動をおぼえたので転載します。

「“大室君の個展を推して”‏ 
 大室佑介君の初陣個展のお知らせがありましたが、私も大変楽しみにしています。
 大室君は昨年環境デザイン学科の修士課程を修了した人で、学生時代には建築設計の学生コンクールにおいて全国制覇した才能です。
 いまは仮初めに磯崎新の事務所にはたらくなど、王道を行く資質を持ってもいるのですが、一方で、私の研究室や火曜会にたびたび顔を出し、多摩美彫刻棟の極小の空きスペースに奇妙な内閉空間をつかの間こしらえてみせたり、川崎長太郎の物置小屋再建に興味を持って取り組むなど、変ったことを考え、実現する才能にも恵まれているようです。
 最近は字(あざな)を「移築」と号し、「移築家」を名乗るようになり、「すべての建築は移築である」というテーゼを掲げることになったらしく、その展開の緒として、この初陣となった模様です。
 この個展へ私の出かける日はまだ決っていませんが、決ったらお知らせしましょう。興味津々。みなさんもぜひ足を運んであげてください。 TH」

プラトン「ソクラテスの弁明/クリトン」を読み終える。

2008年1月11日金曜日

9 Jan.2008

秋山画廊「久村卓 STEEL-再構」を観る。

10 Jan.2008









コラージュ作品「News week series / 14 Jan.2008」制作

イタロ・カルヴィーノ「宿命の交わる城」
ミラン・クンデラ「笑いと忘却の書」を読み終える。